つくば市神郡にあり、700年の歴史を持つ真言宗豊山派の古刹   電話 029‐867‐0185

縁 起

普門寺の歴史

 普門寺は鎌倉時代末、元享年間(1321~1324年)、筑波山麓一帯で布教活動を続けていた乗海大和尚によって開創された真言宗豊山派の寺院であり、慈眼山三光院普門寺と号し、御本尊は平安時代末の高僧惠心僧都御作とされる阿弥陀如来(秘仏)である。

 中世以来、常陸の豪族小田家の祈願寺として隆盛を極め、「常陸四ヶ寺」(土浦市永国の「大聖寺」、土浦市大岩田の「法泉寺」、かすみがうら市の「南円寺」)として末寺五百八ヶ寺を有して、十万石の格式を誇った往時もあった。しかし、十五代続いた小田家が天正十八年(1590)に滅びて、その保護を失ったこともあり、やや衰退の道をたどり始め、延喜二年(1754)の本末改帳では末寺二百八十三ヶ寺に減っている。江戸時代末頃までは田舎本寺として、道場を構えて事相・教相を教授し、数多くの檀林が開かれて多くの学僧を育成してきた。このように日本仏教史上重要な役割を果たした古刹である。
 しかし、歴史の流れの中で浮沈を繰り返し、とくに明治政府による廃仏毀釈の影響は甚だしく、以後荒廃したが、昭和になって第四十八代宥賢和尚が諸堂宇の大改修を行い、第二次世界大戦後の苦難を乗り越えて、十万石相当の格式を誇った昔のおもかげを多少なりとも蘇らせた。平成に入り、第四十九世宥弘和尚代においては庭園の整備や新墓地の造成、赤門、黒門、鐘楼堂、書院などの改修が行われた。残念なことには、平成二十一年十二月に原因不明の火災により本堂が全焼し、本尊の阿弥陀如来(秘仏)も含めてすべてが焼失してしまった。なお、新本堂は平成二十六年の完成の予定である。

 現在の普門寺は、「つくば市観光協力の家」として筑波山をはじめとする地域の活性化にも力を注いでいる。開かれた寺を目指し、お檀家の方だけでなく、つくば道(江戸時代に開かれた筑波山への参道)を歩き、筑波山を訪れる人たちを湯茶の接待などでこころよく迎えている。山の寺であり、伽藍、境内の佇まいは素朴であるが、静寂さやすがすがしさが取り得である。鳥の鳴き声、流れ落ちる滝の音、朝陽に燦めく滝しぶき、夕陽に映える水の流れには大宇宙の生命の営みと大地の鼓動、生気を感じさせるものがある。春の桜、鮮やかな新緑、梅雨を彩る参道の紫陽花、秋は楓の綾錦と四季おりおりの風情がありがたい浄域である。また、南高台から眺める筑波山は写真撮影や絵筆をとるのに絶景のポイントである。
 地水火風空は大自然の根源であり、それは大日如来の本体である。御本尊に手を合わせ、滝辺に座り、御ほとけの声を聴き、生きるよろこびと心のやすらぎを求められてはいかがでしょうか。

 焼失した本堂は寛政年間再建、客殿(講堂)が宝暦年間再建、鐘楼は寛政年間再建、平成十三年再再建、赤門は天明年間再建、黒門の建立年は不詳、書院は慶応年間新築、境内は九九〇〇平方メートルである。両界曼荼羅(江戸期つくば市重文)、小田家供養塔(室町期県重文)、十八世元雅大和尚入定遺跡、宝暦八年の什物帳等が現存する。